
廣津匡山
詩吟の思い出とクラウン吟士になるまで
「第52回クラウン全国吟詠コンクール決選大会」で入賞させていただき誠にありがとうございました。
私が詩吟を始めるきっかけは、尼崎に素晴らしい先生がおられると聞き、教室にお伺いしその素晴らしさに感銘し、22歳の時に山岡桜山先生の所へ入会させていただきました。 最初は声の出し方が分からなかったので、水2本でしたが、練習していくうちに3本の音が出せるようになりました。当時は大会がおわると、その後に宗家や先輩方と飲みに行き楽しくさせていただきました。
思い出は、昭和50年11月に第8回全国吟剣詩舞道大会、合吟の部で優勝したことです。当日の朝早く靖国神社に参拝し、境内で合吟の練習をした後、初めて日本武道館の中に入りその大きさに驚きました。
個人では昭和56年9月に全国吟詠コンクール決勝大会が高松市民会館で開催され、一般一部で十位入賞したことが思い出されます。25年程過ぎた頃、仕事が忙しくなり退会しました。
65歳で退職後、もう一度詩吟を始めようと思い、哲山流に再入会して二代目山岡哲山宗家にご指導いただきました。再入会してから、アクセントの「頭高・中一高・中二」の音を正確に出すように、声をまっすぐ遠くに、余計なよび音を入れないなど、その他いろいろご指導いただき、少しずつできるようになりました。
8ヶ月目でクラウン近畿大会に出場させていただき、運良く全国大会にいくことができましたが、当日は緊張して思うような吟が出来ず、もっと練習しなければと思いました。2年目は次点で、全国大会に行けなかったので次の年に頑張ろうと練習していましたが、コロナ禍で、2年間大会が中止になりました。
関係者、皆様方のご努力のおかげで令和4年に大会が開催され、新たに短歌の部が創設され感謝いたします。
令和4年は短歌の部で全国大会に出場させていただきましたが、思うような吟が出来ませんでした。令和5年は漢詩の部、短歌の部とも全国大会に出場させていただき、短歌の部で決勝に進みましたが、この年もまた思うような吟が出来なくて入賞できませんでした。令和6年も漢詩の部、短歌の部とも全国大会に出場しましたが入賞する事ができませんでした。そこで少壮吟士の方やクラウン吟士の方の吟を聞いて勉強したり、宗家の吟を何度も聞き詩吟の流れや、音の強弱や、言葉の運びや、間など、私なりに勉強し、また何度もアクセントを意識しながら詩を読むなどしました。令和7年も漢詩の部、短歌の部とも全国大会に出場し、漢詩の部で決勝20人に残り信じられませんでしたが、決勝では思い切り吟じようと思い歌いました。5回目の今年、念願のクラウン吟士になれたことを大変うれしく思うと同時に、クラウン吟士の名に恥じないように努力してまいります。
ご指導いただきました宗家、ならびに先生方や教室の皆様のおかげで今回入賞する事ができ、感謝申し上げます。今後は指導者として、一人でも多くの吟友を育てて行きたいと思います。
